神戸の都市景観について

兵庫県ってなんで7国(実質5国)あるかというと
神戸港の整備のために税収を拡大する必要があったからだという。
つまり兵庫県の県勢範囲がかなり重要だと
伊藤博文は考えたということらしい。
それを変えるとなったらだな、違うことを考えなきゃいけないんだよね。

確かにもう高さ制限とか規制ももちろんいらないんだけど、
ビルばっかになったら必ず日照権の問題も出るよ?
しかもタワマン作っても、
住むのは相応に年食ってる連中でこれからのことが
心配ときた。
タワマン作って消費が増えるという。増えるわけねえよ、
こいつら車の運転しないから、
車も買わなくて電車移動だろ?。それでどーやって消費が増えるんだよ。

こーやって規制だあーだこーだって
これって一部のビルオタクが騒いでるだけとしか見られてないんだわ。
っていうかデベロッパーが積極的にオフィス建てないのは、
隣に大阪があるからだろ。

それよりもだな、神戸の街全体が、古い。
なんで古く見えるかって、みんな過去に適当に建てすぎた。
そこには「景観」っていう文字が全く見えない開発ばっかりやって
利益追求、銀行の言うがまま、建築会社の言うがまま、
究極は税制の言いなりって感じ。

俺は小規模宅地の税制が一番クソだと思ってる。


面白い建築物なんてデベロッパーが噛んでたり、店舗があるとこ以外
見たことないわ。
つまり統一性がないってことだな。
でもさそれをやるとする。そしたら
もっと面白くない街が出来ると思う。
街ってそこに住む人が作る芸術みたいなもんだと思う。
だから規制してもいい建物なんか出来るわけがない。
そこに住む人、管理者、所有者がよほどの人じゃない限り。

 

やっぱりそういういい建築物を作るという人が減ったことに
問題があるのではないのか?
そういう教育をしていないだろ?

美しいってどういうことか?

 

行政が出来るのは、

規制をやるんじゃなくて、

 

電柱を地下に埋めることくらいじゃないの?

 

だけどそれはかなり金がかかる。

だから代替機能(電線機能)を建物に移してはどうだろうか?

発展途上国や、ヨーロッパではこういう手法は結構取られていると思う。

建物の壁を使うことにかなり寛容だ。

 

例えば路面電車の架線の支柱をいちいち行政が管理するがために、

ポールを立てる。その横に電柱や信号機の支柱が建っている。

こんなの非効率で、狭いとこは建物を支柱替わりにして、

建物に直接くっつけりゃいいんだよ。

 

昔、GS(ガソリンスタンド)をやっていた時に、お得意さんに

信号機の設置をする会社があった。

だからちょっと言いにくいんだけどね。

 

でもなぁ、その人らの仕事を考えたらという輩がいるんだが

は?クソみたいな景観のままでいいのかよって言いたいんだよな・・・。

 

でもそれを訴えるには、みんなに”素晴らしい景観”って何っていう

合意形成みたいなのが要る。

 

そんなの教育でやるったって、専門性が高いとこって言っても

土木学なんつーのは、外部に対してはかなり風当たりきつそうだしな。

まぁこれは私の偏見ですけど。

 

まぁ 諦めも肝心やね。